「一度、外に出ようか」突然の出来事に戸惑っている私に、語りかけてきたボマーとともに、私はホールの外に出た。
「お前、人間だっていうなら、この世界のことを知る必要があるにゃん。ここ、ネコメタルの世界では、音楽がすべてを支配しているんだにゃ。音楽家たちはただのエンターテイナーじゃない。彼らはこの世界のエネルギー源、その演奏が街を、そしてネコたちの心を動かしているにゃん。」
私は彼の言葉に驚きながらも、彼が言おうとしていることを理解しようと必死だった。まるで、音楽がこの世界そのものを形作っているかのような話だ。
ボマーは、私の反応を見て、さらに続けた。
「お前が今目にしているこの街、ネオンの輝き、そしてそのすべてを包み込む音楽――それは全て、音楽家たちの力で成り立っているにゃ。もし彼らが演奏をやめたら、この街は一瞬にして静寂に包まれ、エネルギーを失ってしまうだろうにゃん。」
私はその言葉を聞きながら、ステージ上でギターを弾いているカシミールに目を向けた。彼の演奏が、ただの音楽以上の意味を持つものであることが、少しずつ理解できてきたような気がした。彼らの演奏が、この世界にとってどれほど重要なものなのか、ボマーの言葉から強く伝わってきた。
「この世界では、音楽が生きる糧であり、希望なんだにゃ」とボマーは結論づけた。「だからこそ、カシミールや俺のような音楽家たちは、特別な存在として見られているにゃん。お前も、この世界に足を踏み入れた以上、その力を感じることになるにゃ。」
ボマーは私をじっと見つめ、少し考え込むようにしてから口を開いた。
「この世界には、音楽がすべてを支配するルールがあるにゃ。それを『メロディアス・ルール』って言うんだにゃん。」
「メロディアス・ルール?」私は首をかしげた。
ボマーはうなずきながら、説明を続けた。「そうにゃ。この世界では、音楽家たちはただ好きなように演奏しているだけじゃないにゃん。音楽を奏でるには、そのメロディアス・ルールに従う必要があるにゃ。ルールって言っても、法律みたいな堅苦しいものじゃなくて、もっと根本的なものだにゃん。」
「どういう意味?」私は少し戸惑いながら尋ねた。
「メロディアス・ルールは、音楽の調和を保つためのルールにゃん。このルールに従わないと、音楽そのものがバラバラになってしまうんだにゃ。例えば、リズムのタイミング、メロディの流れ、そして音と音の間にある空間――それらすべてが調和して初めて、音楽は力を持つにゃん。」
私はボマーの言葉を飲み込みながら、考えた。音楽がこの世界を支えているのなら、その音楽が調和を保つことがどれほど重要かが少しずつ理解できた気がする。
「もし、誰かがそのルールを破ったらどうなるの?」私は聞いた。
ボマーは少し眉をひそめ、真剣な表情になった。「ルールを破ると、音楽は歪み、バランスが崩れるにゃん。その結果、ネコメタルシティ全体に悪影響が及ぶこともあるにゃ。音楽はこの世界のエネルギー源だから、調和が崩れると街そのものが危険に晒されることになるんだにゃん。」
その言葉に、私は少し緊張を感じた。音楽が単なる娯楽ではなく、この世界の存続に関わる重要な要素であることを、今まで以上に強く感じた。
「でも安心するにゃん、メロディアス・ルールは厳しいものじゃないにゃ。音楽家たちは自然とそのルールを感じ取り、音楽の中で共鳴していくにゃん。お前もこの世界にいるなら、いずれその感覚がわかるようになるにゃん。」
突然の異世界に迷い込んだ私は、目の前に広がる信じられない光景に戸惑いを隠せなかった。目の前にいるネコたちは、ただの動物ではなく、まるで人間のように知性を持ち、楽器を演奏している。そして、その中の一匹――ボマーという名のネコは、私に話しかけてきた。
「お前、ここに来るなんて、かなり運がいいにゃん。」ボマーはニヤリと笑いながら、サングラス越しに私を見上げていた。
「運がいいって…こんな場所に迷い込んで、本当に運がいいの?」私は困惑しながら答えた。この場所がどこなのか、どうして自分がここにいるのか、何も理解できないでいた。
「ま、普通の人間ならビビるのも無理ないにゃ。でも、ネコメタルシティに来れたってことは、何か特別なものを持ってるんじゃないかにゃん?」ボマーは軽い口調で言いながら、肩をすくめる。
「特別なもの…?」私はその言葉にさらに戸惑いを覚えた。自分には何の特別な力もない、ただの普通の人間だと思っていたのに。
「そうにゃ。だって、ここにいるネコたちと普通に話してるじゃないかにゃ?それってすごいことだにゃん。」ボマーは、私をじっと見つめる。その目には、冗談半分ながらも本気で言っているような輝きがあった。
「確かに、話せること自体が不思議だけど…」私は、目の前の状況が信じられずにいた。
「そんなに緊張するなよ、リラックスしろにゃん。ここでは音楽がすべてを支配してるんだから、楽しまないと損だにゃ。」ボマーはにやっと笑って、軽く尻尾を揺らした。その仕草に、少し悪ガキっぽいが、どこか親しみやすさも感じた。
「でも…本当に大丈夫なの?私はこの世界のこと、何も知らないんだし。」私は不安を口にした。
ボマーはその言葉に反応し、サングラスを少しずらして真剣な目で私を見つめた。「大丈夫だにゃん。お前が何も知らないのは、今に始まったことじゃないし、俺たちがいるから安心するにゃ。お前が迷っても、俺がちゃんと案内してやるにゃん。」
「ボマー…ありがとう。でも、どうしてそこまで教えてくれるの?」私は彼の意外な優しさに驚きつつも、尋ねた。
「別に特別な理由はないにゃん。ただ、困ってるヤツを放っておけないだけだにゃ。」ボマーはそっぽを向きながら答えた。その声には照れ隠しが混ざっているようだったが、その態度にどこか温かさを感じた。
彼の言葉に少し安心しながらも、この未知の世界での冒険がどんなものになるのか、期待と不安が入り混じった感覚が胸に広がった。ボマーと共に、この世界を少しずつ理解していくことになるのだろう。
ホールの前に立ち、私はその圧倒的な存在感に息を呑んだ。「ルナティック・ナイト・ホール」という名前が書かれたネオンの看板が、まるで闇の中に浮かび上がるかのように輝いている。その光は、周囲の薄暗い空気を切り裂くように強烈でありながら、どこか神秘的な輝きを放っていた。
ホール自体は、ゴシック調の壮大な建築物で、その外観はまるで古代の神殿のようだった。高くそびえるアーチ状の入り口には、精巧に彫られた装飾が施されており、それがこの場所の特別さを物語っている。柱の一つ一つにまでこだわりが感じられ、どこか厳粛な雰囲気を醸し出していた。
しかし、ホール全体が持つこの厳粛さは、ネオンの光によって少し柔らかくなり、親しみやすさも感じられる不思議な空間を作り出している。光と影のコントラストが美しく、見る者を引きつける力を持っているのだろう。
ホールの周囲には、淡く光る木々が立ち並び、まるで夜空の星が地上に降りてきたかのようだった。その光がホールの壁に反射し、さらに幻想的な雰囲気を増幅させている。ホールの上には大きな月が浮かんでいて、その光がホール全体を優しく包み込んでいるようだった。
私は、目の前に広がるこの光景に、ただただ圧倒されていた。まるで異世界の中心に立っているような感覚。この場所が、ただの建物ではないことは明らかだった。ここは、何か特別な力を持った場所であり、私がこれから出会うであろう運命の舞台なのだと、強く感じた。